振り返りをしているのに、なぜ同じ失敗を繰り返すのか
KPTを毎月やっている。振り返りの時間を設けている。それでもチームは同じ問題を繰り返す——こんな経験をしたことがある方は少なくないのではないでしょうか。
振り返りが機能しないとき、問題は「振り返りの量」ではなく「振り返りの深さ」にあることがあります。「ダブルループ学習」という概念は、この問いに一つの答えを与えてくれます。
シングルループ学習とダブルループ学習——何が違うのか
この概念を提唱したのは、ハーバード・ビジネス・スクールの組織論学者クリス・アージリスです。1970年代に発表された概念ですが、組織学習の文脈で今も繰り返し参照されています。
シングルループ学習(Single-loop Learning)とは、「問題が起きた→原因を特定する→対処する」という一重のフィードバックループで学ぶことです。エラーを検知し、行動を修正することで問題を解決します。多くの振り返りやPDCAは、このシングルループで動いています。
たとえば、売上目標を達成できなかったとき、「営業活動の量が足りなかった→架電数を増やす」という対処がシングルループです。問題に対して行動を修正することで解決しようとします。
ダブルループ学習(Double-loop Learning)とは、問題を修正するだけでなく、「なぜその問題が起きたのか、前提や方針そのものに問題はないか」という一段深い問いを立てるプロセスです。行動だけでなく、行動を生んでいる「前提・方針・価値観」そのものを問い直します。
同じ売上目標の例で言えば、「そもそもこの目標設定は正しいか」「この顧客セグメントへのアプローチ自体を変えるべきでは」という問いを立てることがダブルループです。行動の修正ではなく、行動を規定している枠組みを問い直します。
なぜシングルループだけでは足りないのか
シングルループ学習が機能しないわけではありません。日常的な業務改善・エラー修正・プロセスの最適化には、シングルループが適しています。問題は、シングルループだけでは解決できない問題が存在することです。
「対症療法の繰り返し」がその典型です。同じ問題が形を変えて繰り返し起きるとき、それは表面的な対処だけでは根本原因が解消されていないサインです。「またこの問題か」という感覚が続くとき、前提を問い直すダブルループが必要なサインかもしれません。
「環境が変わったのに方針が変わらない」という状況もシングルループの限界を示します。かつて機能していたやり方が通じなくなっているのに、同じアプローチを繰り返す。行動の修正(シングルループ)ではなく、方針そのものの見直し(ダブルループ)が必要な状態です。
「振り返りが表面的になる」問題も関係しています。KPTのTry(改善策)が毎回「もっと丁寧にやる」「確認を増やす」という行動レベルの修正だけになるとき、それはシングルループで止まっているサインです。「なぜこのミスが繰り返されるのか」「このプロセス自体に問題はないか」という問いがダブルループへの入口になります。
ダブルループ学習が機能しにくい理由——組織の「防衛ルーティン」
アージリスは、ダブルループ学習が組織で機能しにくい理由として「防衛ルーティン(Defensive Routines)」という概念を提示しています。
組織の中では、「前提を問い直すこと」が心理的な脅威として感じられることがあります。現在の方針を作った人・承認した人・それで評価されてきた人にとって、その前提を疑うことは自分への批判と感じられることがあります。結果として、組織は「問題を認識しながら、前提を変えることを避ける」という防衛的な行動を取りやすくなります。
これは個人の意地悪ではなく、組織が自然に持つ自己防衛の構造です。「言っても変わらない」「前提を疑うと角が立つ」という感覚が広まると、振り返りは表面的なものになり、シングルループ以上には深まらなくなります。
心理的安全性との関係もここにあります。前提を問い直す問いを安全に発言できる環境がないと、ダブルループ学習は起きにくい。「なぜこのやり方をしているのか」という問いが「批判」ではなく「学習」として受け取られる文化が必要です。
実務でダブルループ学習を起こすための問いの立て方
ダブルループ学習は、特別な研修や仕組みより、「問いの立て方」を変えることで始められます。
「なぜうまくいかなかったか」の一段下を問うことが基本です。KPTのProblem(問題)に対して「なぜそれが問題になったのか」「その問題が繰り返されるとしたら、何が変わっていないからか」という問いを加えることで、前提への問いかけが生まれます。
「この方針・ルールはなぜ存在するのか」を定期的に問うことも有効です。業務の中に「昔からこうしている」「なぜかわからないがこのやり方」というプロセスがあるとき、その前提を問い直すことがダブルループの実践です。
「成功したときも前提を問う」ことも重要です。うまくいったとき、私たちはシングルループで「これが効いた→もっとやろう」と学びがちです。しかし「なぜうまくいったのか、この前提は次も通じるのか」を問うことで、変化への適応力が高まります。
「外部の視点を入れる」ことも防衛ルーティンを崩す有効な手段です。社外の人・別部署の人・新入社員——組織の前提を知らない人からの「なぜこうするのですか」という素朴な問いが、ダブルループのきっかけになることがあります。
まとめ——「どう改善するか」より先に「何を問い直すか」
ダブルループ学習は、「もっとうまくやる」ための学習ではなく、「そもそも何をやるべきか」を問い直す学習です。
振り返りが形骸化しているとき・同じ問題が繰り返されるとき・環境が変わったのに方針が変わらないとき——これらはシングルループから抜け出し、前提を問い直すサインです。
「改善策を考える」前に「この前提は正しいか」という問いを立てる習慣が、組織と個人の学習を深さの異なる次元に引き上げます。

